声明:政府の「開発協力大綱」改定に関する市民社会の声明
ODAなど日本の開発協力の基本方針を示した「開発協力大綱」の改定が昨年9月から進められてきましたが、6月9日に新しい大綱が閣議決定されました。
これについて、市民社会として改定プロセスに関わってきた「開発協力大綱改定に関する市民社会ネットワーク」が声明を発表しました。
市民社会は「大綱」改定のプロセスにおいて、さまざまな問題を提起し外務省への働きかけを行ってきました。JVCも、ODA政策協議会NGO側コーディネーターである今井を中心にこの働きかけに関わってきました。「声明」には、それがどのように取り入れられたのか、そしてどのような課題が残されているかが詳述されています。
2023 年 6 月 12 日
開発協力大綱改定に関する市民社会ネットワーク
2023 年 6 月 9 日、新たな開発協力大綱が閣議決定されました。
昨年9月に大綱改定の方針が出されてから 9か月かけて、8年ぶりに新たな大綱が策定されたことになります。国際協力に携わる日本の市民社会(NGO 等)は、改定プロセスに積極的に参画しました。参画や対話を一定高いレベルで保障して下さった日本政府・外務省に謝意を 表明しつつ、市民社会としての見解を示します。
大綱改定に向けて昨年 12 月に発表された「開発協力大綱の改定に関する有識者懇談会報告書」(以下「報告 書」)では、現代を「厳しい国家間競争の時代」と定義した上、「自由で開かれたインド太平洋」や「経済安全保障」に 資する開発協力が強く打ち出されていました。これに対し、新「大綱」(以下、「大綱」とする)では、現代を歴史的転 換期ととらえつつ、気候変動をはじめとする複合的危機に直面する国際社会が、価値観や利害の相違を乗り越えて協 力することが必要だとしたうえで、多様な主体の「連帯」を基盤とする、「新しい時代の『人間の安全保障』」アプローチの 重要性が明記され、脆弱な立場に置かれた人々の開発への参画や公正性の確保なども強調されています。この立場 は、世界の分断の修復と持続可能な世界に向けたグローバルな協力を求める市民社会の立場と共通しており、市民 社会としても支持できるものと言えるでしょう。問題は、これをどう実現するかということです。
一つの課題は、大綱に示された開発協力の在り方と現状の開発協力の「ギャップ分析」が必要だということです。日本 の開発協力は一貫して、社会開発や人道支援よりも経済開発を重視してきました。コロナ前の 2019 年には、二国間 援助における社会インフラ・サービスへの配分割合はわずか 13.78%に落ち込む一方、主に経済開発に活用される借 款援助の割合が全体の 50%をはるかに超えています。また、社会開発に向けた援助のほとんどは相手国政府を主要 な対象とするものであり、市民社会など多様な主体への配分割合は他の援助国よりも格段に低いのが現実です。もし 政府が、大綱にあるように、脆弱層を含む多主体間の連帯に基づいた、新たな「人間の安全保障」観に立脚し、「複 合的危機」を乗り越える開発協力を真に実現しようとするなら、まず経済開発中心の既存の援助アーキテクチャーを抜 本的に変革することが必須です。「大綱」のビジョンを実現させるには、ODA の絶対量を拡充し、社会開発や人道支 援への配分を抜本的に増加させるとともに、相手国政府に加え、国内外の市民社会や当事者団体などを含めて、 ODA の配分先を多角化するなど、既存の援助構造の大規模な見直しが不可欠です。
この観点からみれば、「報告書」で、国際目標である「ODA の GNI 比 0.7%」の年限付き達成が打ち出されていたと ころ、「大綱」ではこれが「念頭に置く」との記述に後退したことは残念です。また、人権や民主主義が世界的に大きく後 退している中、「大綱」では、その後退を食い止め、反転させるための大胆なビジョンを打ち出せていません。援助対象 国における民主化の後退や人権侵害等に対し、援助の緊急停止や見直しを迅速に行える規定や運用メカニズムを策 定することが不可欠です。一方、「オファー型支援」が打ち出されていますが、「ブラック・ライブズ・マター」などを経て「脱 植民地化」や途上国の主権・オーナーシップが強調される中、民主主義や人権については、国際人権規約などをはじ めとする原則にしっかりと依拠しながら、いわゆる「要請主義」を含めた、相手国との関係の在り方自体を見直し、途上 国自身の開発戦略に寄り添った現地主導の開発協力を進めていくことが必要と考えます。なお、大綱と同時に発表さ れた「オファー型支援」やその他の資料では、大綱自体の記述と異なり、「自由で開かれたインド太平洋」実現や経済 安全保障、資源開発、日本企業の海外進出の後押しといった内容が多く盛り込まれており、大綱に示された基本的 な理念や方向性と乖離しているように見受けられ、市民社会として懸念を表明します。
大綱で打ち出された、今後の開発協力の実施のための多主体間の連帯と原則について、市民社会としての立場を示 します。
大綱では、市民社会を「『戦略的パートナー』と新たに位置づけ」た上、支援スキームを不断に改善し、国内外の市民 社会を通じて実施する開発協力をさらに強化すると述べています。ここで政府に問われるのは、「戦略的パートナー」としての市民社会の対等な参画を保障し、連携や協力の「具体策」を共につくっていくことです。特に、実施面における協 力として、日本の NGO を対象とする既存の連携スキームや能力向上プログラムの抜本的な拡充、外務省から NGO に直接委託する技術協力事業の新設、現状では極めて限られている、現地市民社会との連携・協力の抜本的な拡 大を実現することが大事です。また、借款援助や多国間援助と関連して、援助対象国や対象分野の市民社会やその ネットワークとの対話も重要です。加えて、開発協力への理解を促進する上で、開発協力への国民・市民の主体的な 参画の強化も重要です。この具体策として、例えば「マッチングファンド」や、ODA 案件の審査やレビュー、評価への市 民の参画などがあります。
開発協力、特に大規模な経済開発においては、現地の住民や脆弱な立場におかれた人々の人権が脅かされたり、大 規模な環境破壊が生じるといったことが繰り返されてきました。こうした負の歴史を繰り返さず、「誰も取り残さない開発 協力」を実現するには、その実施において、人権デューディリジェンスが確保されることが極めて重要です。ところが、大綱 では、残念ながら、開発協力において、国際的に合意された「ビジネスと人権指導原則」はおろか、日本政府の方針で ある「『ビジネスと人権』に関する行動計画」、「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」、お よび「JICA 環境社会配慮ガイドライン」も記述されていません。実際のところ、大綱でも謳われている「サプライチェーンの 強靭化」についても、人権デューディリジェンスのプロセスを経ることで初めて可能になります。私たちは、大綱の下での開 発協力がこれらの原則や行動計画に沿ったものになるよう、政府に継続して求めて行きたいと思います。
大綱では、「非軍事原則」が前大綱から後退するのではないかとの懸念がありましたが、少なくとも大綱の文面上は、大 きな後退にはなりませんでした。しかし、地政学的対立の深刻化の中で、外務省予算自体は昨年度の補正予算以降 「国家間競争を勝ち抜く」ことが極端に強調されたものとなり、さらに、「開発協力とは別」という触れ込みで、援助対象 国の軍当局に直接無償資金を投入する「政府安全保障能力強化支援」(OSA)が導入され、その初年度の対象 国としてフィリピン、マレーシア、フィジー、バングラデシュの 4 ヵ国が挙げられるにいたりました。OSA は日本がこれまで積 極的には行って来なかった軍事援助や武器輸出などに道を開くものであり、市民社会として、その導入に異議を表明す るものです。「開発協力」との関係では、OSA の実施が地政学的対立の増幅や地域における安全保障環境の悪化を もたらしたり、当該支援の対象国や周辺諸国における開発協力の実施環境に悪影響を与えないようにすることが必要 です。OSA を実施する場合には、その透明性や説明責任を保障するメカニズムの構築や、OSA と連動する「防衛装 備移転三原則」の運用指針の見直し等の検討に市民社会の参画を保障することを政府に強く求めます。
地政学的な対立の激化とともに、民主化の後退や人権状況の悪化が世界的な問題となっていますが、大綱では、日 本の開発協力と関連してこうした事態が生じた場合の歯止めなどの政策化に踏み込まず、前大綱の記述を踏襲する にとどまっています。大綱が、新たな「人間の安全保障」観のもと、自由・民主主義・人権・法の支配を価値として追求 する立場に立つならば、援助対象国における民主化への逆行や人権侵害などの動きについては、単に「注意を払う」の みならず、援助の停止や見直しを行う一般的な基準が示される必要があります。日本の開発協力や提供した物資・ 技術などがこうした動きに使われないかどうかを、実効力ある形でモニターしていく必要もあります。私たちは引き続き、政 府に対して、大綱下の開発協力において、こうした基準の設置と適用、実効力あるモニタリングと説明責任を求めてい きます。
以上
「開発協力大綱改定に関する市民社会ネットワーク」は、国際協力に取り組む日本の市民社会団体 31 団体と 40 名の賛同団体・個人で構成されており、今回の開発協力大綱の改定に際して、意見交換会の実施やパブリック コメントなどを通じた政策提言を行ってきました。連絡先は以下の通りです。
◎国際協力NGOセンター(JANIC) 若林 wakabayashi@janic.org
◎関西NGO協議会 栗田 yoshinori.kurita@kansaingo.net
◎名古屋 NGO センター政策提言委員会 佐伯 oda.p.dialog@gmail.com
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