青色のノート
(前回)
「収支がハッキリしたのはよかったし、銀行に預金もできた。でもさ、それでいいのかい。牧畜民にはずいぶん『タダ飲み』されてるんじゃないか?」
天井から吊るされた扇風機が回るJVCカドグリ事務所で、スタッフのタイーブがブツブツ言っています。
先日、ティロ避難民住居で行われたウォーターヤードの運営についての話し合いで、家畜からの給水利用料などの収支が報告され、手元に残ったおカネは井戸管理委員会の銀行口座に入金されました。
しかし...
(ロバに乗り、ウシの給水にやってきた持ち主。牛追い用の長いステッキを手にしている)
「だって、利用料のうちの半分以下しか回収できていないんだろ」
「そうだな。このままじゃいけないな」
と答えるのは同じくスタッフのアドラン。JVCは昨年11月にウォーターヤードを設置して住民に引き渡しましたが、住民による運営が安定するまでは手助けを行うことになっています。このまま見過ごすわけにはいきません。
「だいたいさ、誰のウシが何頭やってきて水飲んだとか、誰が利用料をいくら払ったとか、ちゃんと記録があるのかい?チェックしていないのなら、オレだったらこっそり隣の家のウシまで連れてって飲ませちゃうぞ」
「はっはっは。そうだね...でも、この前の話し合いでは、ちゃんとアフマドさんがノートを見ながら利用料の回収について報告してたじゃないか」
アフマドさんは井戸管理委員会のメンバーで、ウォーターヤードの管理人と会計係を任されています。
「ああ、あのユニセフの(ロゴが入った)青いノートか」
「そうそう」
「でも、アフマドさん、あまり字が書けないんだよな。ちゃんとノートつけられるのかな?」
「ズベルさんがいてくれればなあ...」
ズベルさんは、井戸管理委員会メンバーの中では最も読み書きが得意で、以前は話し合いの記録などを全て引き受けていました。しかし、最近は二人目の奥さん(スーダンでは一夫多妻が認められている)が住んでいるカドグリ市内に行ったきり、避難民住居には姿を現しません。
(給水塔の下のアフマドさん(右))
アドランとタイーブは、クルマに乗って避難民住居へと向かいました。アフマドさんに会ってノートについて話を聞いてみるつもりです。
炎天下のウォーターヤードでは、揚水ポンプを動かすため発電機が音を立てていました。まだお昼前でウシが来るには早い時間帯ですが、午前中に住民が水を汲んでカラになった給水タンクを、今のうちに一杯にしておくのでしょう。
給水塔の下のいつもの場所にアフマドさんの姿が見えました。
「こんにちは。暑い中、大変ですね」
「はは、どうってことないさ。でも、いつになったら雨が降るんだろうな」
しばらくそんな雑談をしてから、アドランが尋ねました。
「アフマドさん、毎日たくさんウシが水を飲みに来ますけど、どの持ち主のウシが何頭来たとか、チェックしているのですか?」
「なんだ、そんなことかい?それなら、このノートに書いているよ」
発電機のある白い小屋の中から、アフマドさんは例の青いノートを取り出してきました。
「ここにこうして、持ち主ごとに毎日書き込んでいるんだ」
「ちょっと見せてもらっていいですか?」
アドランとタイーブがノートを手にしてページをめくると、1ページごとに家畜の持ち主の名前、それに家畜の種類(ウシまたはヒツジ)、頭数、そしてお互いの取り決めによる支払金額が書いてあります。
「その下の、この数字は何ですか?」
タテに二列、ずらっと数字が並んでいます。
「これは、ウシが水を飲みに来るようになってからの毎日の日付だよ。日付の右横に何頭来たのかを書いていくんだ」
最初のページは持ち主の名前がモハマドさん。2月4日から始まっています。初日の2月4日は118頭、2月5日110頭、2月6日120頭、以下ずっと数字が並んでいます。2ページ目には別の持ち主の名前が書きこまれ、同じように毎日の頭数が記録されています。 「へぇー、毎日毎日、頭数を数えるだけで大変じゃないんですか」
思ったよりもずっと細かく記入されているノートに、タイーブが感心して尋ねました。
「そんなことないさ。牛飼いは群れをウォーターヤードの裏の方に待たせて、20頭ずつを一組にして代りばんこに給水桶に来させることになっているんだ。だから、20頭が何組やって来たのか数えればいいだけだよ」
アフマドさんは平然と答えました。
「ちゃんと毎日数えていないと、あとでおカネをもらう時にモメるんだ。この前、ハッサンさんという160頭の大きな群れの持ち主から料金をもらおうとしたら『毎日100頭しか連れて行っていない』って言うんだ。だから、このノートを見せて『こうして毎日確認しています』と言ったら、納得して払ってくれたよ」
ノートは料金回収に役立っているようです。
「あっ、この数字が、受け取った料金ですね」
ハッサンさんのページを開いて見ていたアドランが言いました。
「そうだよ。支払いがあったら、それも同じページに書いているんだ」
「ところでアフマドさん、このノート、何から何まで全部アフマドさんが記入したのですか?」
タイーブは、疑問に思ったことをストレートに尋ねてみました。
「まさか!ズベルが手伝ってくれたんだよ」
「えっ、ズベルさんが?ここに来ることがあるんですか?」
読み書きが得意なズベルさん。その姿はもう長いこと避難民住居で見ていないので、驚きました。
「たまにしか来ないけど、その時には必ずオレのところに来てね。このノートは、ズベルが家畜の持ち主の名前とか、日付とか、全部書き込んでくれたんだ。オレはただ、毎日のウシやヒツジの数を書いていけばいいんだよ」
数字の記入にはアフマドさんも苦労はありません。ズベルさんは、アフマドさんが一人でもできるように準備してくれたのでしょう。
こんなふうに井戸管理委員会のメンバーが記録を付けているとは、JVCスタッフにも意外でした。正直、そこまではやっていないだろうと思っていました。
「アフマドさん、これだけちゃんと記録があるのですから、家畜の持ち主の誰が支払い済みで、誰が未払いなのか、一目見て分かるように整理してみませんか?」
アドランは自分のノートの1ページを切り取ると、アフマドさんと一緒に支払い状況の一覧表を作り始めました。
「こんど、井戸管理員会と菜園委員会の合同の話し合いがありますよね」
その会合では、ずっとモメ続けている菜園への給水について話し合われることになっています。
「その時に、この支払い状況を大きな紙に書いて、みんなに見てもらいましょう」
「そうか。それはいいな」
話し合いは、4月の第2週に予定されています。
(続く)
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