REPORT

スーダン

ウォーターヤードの白熱議論

前回

JVC事務所の机の上に大きな紙を広げて、スタッフのアドランが何か書き込んでいます。
「なんだよ、それ?」
同僚のタイーブが不思議そうにのぞき込みました。
「なんだ、忘れたのか?このまえ、アフマドさんの青いノートを見ながら、家畜の給水料金を誰が払っていて、誰が払っていないのか、整理したじゃないか。それを紙に書いているんだよ」
「おお、そうか。そうだったな。今日の井戸管理委員会の話し合いで使うんだな」
「そうだよ」
「ふーん、そうして一覧表にすると、分かりやすいな...おい、そろそろ時間だぞ」

アドランとタイーブは、赤いクルマに乗ってティロ避難民向け住居へと向かいました。
乾季も終わりに近い4月半ば、避難民向け住居のまわりは茶色く乾燥した大地が広がっています。その中になぜか1本、緑の葉をつけて真っ直ぐに伸びた木があります。その下が、いつもの話し合いの場所です。

輪になって座ったメンバーは23人。井戸管理委員会だけでなく、ウォーターヤードに隣接した菜園で野菜作りをしているメンバーも、ずらりと並んでいます。今日は、合同の話し合いなのです。

2月の話し合いで、菜園メンバーは「ウォーターヤードの水を利用する代わりに、ポンプの燃料代として分担金を払う」ことになり、菜園に水を引くホースが取り付けられました。しかしその後、菜園メンバーから「ウォーターヤードの管理人がホースに水を流してくれない」との不満が噴出。一方で管理人は「菜園メンバーが分担金を払わない」と逆に文句を言い始め、互いの「いがみあい」が続いていました。

今日は、それを解決するための話し合いです。

まず始めに、井戸管理委員会のメンバーで管理人と会計係を任されているアフマドさんが、ウォーターヤードの収支状況について説明します。
タイーブは、アドランが用意した「一覧表」を広げてみんなに見せました。そこに書き込まれている家畜の持ち主は、全部で8人。
「この2週間で牧畜民の家を回って、1,900スーダンポンド(以下ポンド)が集金できた」


「一覧表」を広げて見せるJVCスタッフのタイーブ)

アフマドさんはそう言いながら、8人それぞれの回収状況を説明しました。3月分まで払ってくれている人もいれば、2月分だけの人もいます。そして、全く支払っていない人が3人。先月の時点では4人でしたから、ほんの少しだけ、回収が進んだと言えなくもありません。
「集まったおカネから燃料代やオイル交換代を引いて、1,430ポンドが手元に残っている。これは銀行の口座に預けることにする」


菜園メンバーに向け説明するアフマドさん)

説明が終わると、ウムダ(住民リーダー)のバクリさんが発言しました。
「みんな、アフマドには感謝しなくちゃいかん。こうして、いつもウォーターヤードの管理やおカネの回収をしてくれている...でも、回収が進まないのは大問題だ。1ヶ月ごとという回収方法もよくない。10日ごとの回収にして、払わない牧畜民にはすぐに警告した方がいい」

続いて、いよいよ本日のメイン・テーマである菜園の話題に移りました。
並んで座った菜園メンバーの女性の中から、マンガさんが口火を切りました。
「ウォーターヤードから菜園のホースに水が流れてくる日もあれば、水が全然来ない日もある。どうしてなのか?」

「今は乾季で暑いから、ウシも人間もたくさんの水が要る。毎日タンクに何度も水を汲み上げなくては間に合わないし、大変なんだ。燃料代もかかる」
アフマドさんはそう答えると、
「菜園メンバーは分担金を最初に少し払っただけで、あとは払っていない。野菜を収穫したら市場で売っておカネが入るはずなのに、どうして払わないのか」
と、逆に切り返しました。

「水が来ないから、作物が育たないんだよ。ちゃんと水が来れば、収穫した後で分担金は払うよ」
と言うのは、ナフィサさん。
「でも、最初は『毎週5ポンド払う』と言っていたのに、結局払っていない。信用できないじゃないか」
そう言うアフマドさんに、菜園メンバーも負けてはいません。

「さっき話してくれたみたいに、ウォーターヤードには家畜からの収入があるじゃないか。なのに、どうして私たちからおカネを集めようとするのか」
マンガさんが言うと、みんな「そうだ、そうだ」とうなずいています。そうです。これが、みんなの不満のタネなのです。
アフマドさんは、みんなの顔を見ながら答えました、
「確かに、収入から燃料代などを差し引いて、残ったおカネは銀行に預けている。でもこれは、もし発電機やポンプが壊れたりした時のための予備のおカネだから、手を付けるわけにはいかない。もし発電機が壊れたら、みんな修理の費用を分担できるのか?」
これには、菜園メンバーも皆、黙ってしまいました。

少しばかり沈黙が続いたあと、アフマドさんが改めて言いました。
「じゃあ、1日おきに1時間、菜園に水を流すことにしたいけど、どうだろう」
アフマドさんとしては、これができるだけの譲歩なのでしょう。

「今までだって何度も『水を流す』と約束したのに、結局水が来なかった。信用できるの?」 誰かが、小声でそう言っています。
それまで黙って聞いていたバクリさんが言いました。
「今日の話し合いにはウムダのワシもいるし、ムナザマ(アラビア語で「団体」の意味。ここではJVCのこと)の人もいる。その前で『水を流す』と言っているんだから、約束は必ず守るはずだ」

話し合いから数日が経ちました。
JVCスタッフが避難民向け住居を訪ねると、ちょうどマンガさんが菜園に出ていました。
「マンガさん、畑の具合はどうですか?」
「はいよ、ほら。オクラがもうじき収穫だよ」
オクラの黄色い花が、あちこちで乾いた風に揺れています。あと1週間も経てば、実が熟して収穫を迎えるでしょう。
「水はどうですか?来ていますか?」
「大丈夫。あの話し合いの後は、ちゃんと来ているよ」
マンガさんが緑色のホースをたぐると、先端から勢いよく水が噴き出してきました。


ホースで水をまくマンガさん)

ウォーターヤードの敷地に入っていくと、いつもの給水塔の下で、アフマドさんが何やら紙を手にして住民と話し込んでいます。
「こんにちは、アフマドさん」
タイーブがそう挨拶すると、
「おお、タイーブ、この紙を見てくれよ」
何やらうれしそうに、手にした紙を見せてくれます。

それは、家畜給水の収入を井戸管理委員会の銀行口座に預け入れた、入金票でした。
「ひとりで銀行に行ってきたんですか?」
「そうだよ」
アフマドさんは自慢げに笑っています。タイーブは、少し驚きました。前回、一緒に銀行に行った時には「また次も一緒に来てくれよ」とアフマドさんは心細そうに言っていたのです。
「ひとりで問題ないさ。銀行で用紙に記入するのは、窓口の人が手伝ってくれたよ」

ウォーターヤードの運営。避難民向け住居の人たちにとっては慣れない仕事ですが、一歩ずつ、進んでいるようです。

「タイーブ、またこんど、住民集会をしなくちゃいけないと思ってるんだ」
「何について話し合うんですか?」
「もうすぐ雨が降り始める。そうしたら、ウシは来なくなって、収入も入らない。だから、こんどは住民から分担金を集めなきゃならないんだ。それを話し合って決めなくちゃ」

まもなく乾季が明け、そして、雨季がやってきます。

(終わり)

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