井戸の修理と村のもめごと(1)
JVCスタッフが到着すると、既に工具を手にした村の男たちが待ち構えていました。
巨大なスパナのようなその工具は、地中に延びた井戸のパイプを引き揚げるための道具です。これから、村人による井戸の点検・補修が始まるのです。
「みなさん、おはようございます。JVCスタッフのタイーブといいます。こちらは、水公社(水公社:Water Corporationは、スーダン政府の給水事業体。日本でいう水道局にあたる)から来てくれた技師のアルヌールさんです。きょう一日、皆さんの作業を見ながらアドバイスをしてくれます。分からないことがあったら何でも聞いてください」
タイーブが紹介したアルヌール技師は、普段は新しい井戸の建設に従事しています。今日は忙しい合間を縫って、村人を手助けするために来てくれました。
「よし、さっそく始めようか」
工具を手にした村人が声を掛けると、十人以上が立ち上がって目の前の井戸に取り掛かりました。
私たちはこの半年間、避難民や地域住民が作る菜園に灌漑用水を供給し、同時に生活用水としても利用するため、5つの集落で計10本の手押しポンプ付き井戸を補修してきました。今回の「現地便り」では、そのうちのひとつ、ムルタ・ナザヒン地区のトマ集落で6月に行った補修の様子をご紹介します。
トマは、カドグリ市街から北に20キロ、カドグリ空港の滑走路の奥にある集落です。空港といっても、民間定期便はありません。軍用機と国連機だけが離着陸する空港です。
最初にこの集落を訪れたのは5月のことでした。
驚いたことに、なんと6本の手押しポンプ付き井戸のうち3本が使えなくなっていました。
中には1年以上にわたって故障したまま放置されているものもあります。
どうしてそんなことになってしまったのでしょうか。住民との話し合いで、私たちは尋ねてみました。
(5月に行った住民との話し合いには、シエハや井戸管理委員会メンバーが集まった)
「ほんの1年半ほど前までは、村人から少しずつおカネを集めて、自分たちで修理していたのだよ」
と答えたのは、この集落のシエハ(住民リーダー)。シエハによれば、村の井戸管理委員会のメンバーには修理の経験がある技術者がいて、集めたおカネで交換部品を買って修理していたのだそうです。
「でも、そのあと、ちょっとしたもめごとがあってな、おカネを集めるのをやめてしまったんだ」
「もめごと」とはいったい何だったのか、それ以上の説明はありませんでした。いずれにせよ、集金をやめてしまったら修理はできません。
「仕方ないから、多少調子が悪かったり、ヘンな音がしていても、そのまま井戸を使っていた。だがそのうちに1本、また1本と故障して、ついに3本も動かなくなってしまった。こりゃいかんと思って点検したら、あっちこっちが壊れていて、修理するには部品代がとんでもなく高いことがわかったのだよ」
そういえば、以前、水公社の技術者が言っていました。井戸を定期的に点検・整備をすれば補修費用は消耗部品の交換程度で少なくて済む。でも放ったらかしにして無理に使い続けたら、最後には重要で高価な部品が破損して、費用が数十倍にも膨れ上がる、というのです。
「村には技術者がいて、いつだって修理できる。交換部品さえあればな...」
井戸3本の故障は深刻な問題です。
私たちが交換部品を支援することはできます。しかしその後、もし村人が集金を再開せず、点検整備を怠ったら、近い将来には再び同じように井戸が故障してしまうでしょう。
「もう一度、井戸管理委員会を選び直して、おカネを集め始めよう」
誰かが、そう言い始めました。
「よし、ひと家族につき毎月2ポンド(スーダンポンド)を集めたらどうだ?」
「いいけど、村には牧畜民もいるぞ。家畜に水を飲ませるのに、同じ負担でいいのか?」
「牧畜民は月に10ポンドだろう」
意見が飛び交っています。
「よし、みんないいか。今回は、ムナザマ(アラビア語で「団体」の意味。ここではJVCを指す)に交換部品の支援をお願いするけれど、支援してくれるのは今回だけだ。あとは、自分たちで毎月おカネを集めて、修理をするようにしなくてはいかん」
シエハがまとめると、みなうなずきました。こうして、JVCが部品を提供することが決まりました。
村の男たちが掛け声に合わせて、巨大スパナを使って井戸のパイプを引き揚げていきます。
引き揚げると、村の技術者がポンプやパイプの状態をチェックして、交換が必要な部品を書き出していきます。アルヌール技師がその様子をうかがっています。
(井戸上部のハンドルや給水口を取り外す。左は作業を見守るアルヌール技師) |
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交換部品を書き出すと、村人がその紙を技師に渡しました。技師はしばらく眺めてから、
「よし、この紙に書いてある通りの交換部品でオッケーだ」
と言って紙を戻しました。
そしてタイーブを振り返って、
「この村の技術者は、かなり経験があるみたいだね。任せておいても、大丈夫だよ。今日は、オレはやることないね」
と笑っています。
(パイプを抜いた後、井戸内部に垂らしたヒモで水深を測り、十分な水量があるかどうかを確かめる。アルヌール技師、暑いらしく長袖シャツを脱いでランニング姿。)
井戸2本の点検が終わり、昼食の時間になりました。大きなお盆に乗って男の子が料理を運んできます。お盆の真ん中には、「ムラ」と呼ばれるシチュー。そのまわりに丸型のパンがたくさん並んでいます。みんながお盆の周りに座り、パンをちぎって真ん中のシチューにつけて食べる、それがスーダンの食事の作法。この昼食は、シエハが振舞ってくれているようです。
(お昼ごはん。後ろに見えるのはトマ集落の小学校)
昼食後、男たちは3本目の井戸に移動。その井戸は、手押しポンプが取り外されていました。周囲には、たくさんの家畜の水飲み場の跡があります。
「手押しポンプを持ってこないと点検ができないぞ。どこにあるんだ?」
「取り外したのはハミスだろう。ハミスの家にしまい込んであるんじゃないか」
ハミスさんは、井戸管理委員会のメンバーのひとりです。しかし、今日は参加していません。
「一体どこにいるんだ、ハミスは?」
「カドグリの町に行くとか言ってたぞ」
シエハが携帯電話を取り出して、ハミスさんの番号に掛けました。電話はつながったようですが、どうも様子がヘンです。何やら電話口でもめています。
「ハミスは、この井戸は修理させないと言っている」
電話を切ったシエハが、皆の方を向いて言いました。タイーブにとっては、寝耳に水の話です。いったい、何が起きたのでしょうか?
実は、シエハが言っていた「もめごと」とは、この3本目の井戸のことだったのです。
(続く)
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