REPORT

スーダン

JVC一座の巡業(2)

前回

トマ集落での劇が、いよいよ始まりました。
現場の雰囲気はなかなか伝えられませんが、そのストーリーをご紹介します。


劇を演じた役者さんたち(「巡業」2日目に撮影))

スーダン、南コルドファン州のある村でのお話...

「ママ、新しい井戸ができたのよ!」
娘のアイシャちゃんに言われて母親のハワさんが見に行ってみると、数日前に掘削をしていた井戸の工事が終わり、村の女たちが集まって水汲みをしています。

「こんどの井戸は近くていいわね。アイシャ、さっそく水汲みよ」
ポリタンクを持って井戸端で順番を待っていると、近所に住んでいるアダムさんが帳面を持ってやってきました。

「こんど、村の井戸管理委員に選ばれてね。みんなから、井戸を運営するためのおカネを集めることになったんだ」
「なんのおカネを集めるですって?」
「井戸の点検をしたり修理の部品を買ったりするためのおカネだよ。1家族あたり月に2ポンド(註)でいいんだ」
「何言ってるのよ。そんなおカネ払いたくないわ。井戸はできたばっかりなのよ。修理なんて必要ないじゃない」

ハワさんの順番になり、アイシャちゃんが水を汲み始めます。ポンプの手押しレバーを握ると、思いっきり飛び跳ねながらレバーを上下に動かし始めました。ガッチャン、ガッチャンとレバーがきしむ音がして、水が出てきます。
「おいおい、そんなに乱暴にやっちゃ、ダメだよ」

アダムさんの声が聞こえないのか、アイシャちゃんはレバーを握ったままはしゃいでいます。
「ママ、これで満杯よ」


水汲みをする子どもたち)

(註:現地通貨スーダンポンド。2スーダンポンドは日本円換算で約40円)

それから何か月か経ちました。井戸の手押しポンプは、動かすたびにギーギーとヘンな音が聞こえるようになっています。
井戸管理委員会の人たちが集まっています。

「おいおい、最近井戸の調子が悪いぞ。そろそろ修理しなきゃいけないんじゃないか」
「そんなこと言ったって、修理するカネがないだろ」
「みんなから集めていないのか」
「2ポンドずつ集めようとしたけど、ほとんどの村人が払ってくれないんだ」
「そうか。まあ、いま修理しなくてもいいか。まだ井戸は動いてるんだしな」

さらに数か月が経ちました。
アイシャちゃんが、空のポリタンクを持って家に戻ってきました。

「どうしたの、アイシャ。水を汲んできなさいって言ったでしょ」
ハワさんが叱りつけると、アイシャちゃんは
「だって、ママ、井戸が壊れて動かないのよ」
「えっ?」
「前からヘンな音がしてたけど、すっかり壊れちゃったみたいなの」
ハワさんは、すぐに井戸を見に行きました。井戸管理委員会の人たちが集まって、点検をしています。

「ダメだ。手押しレバーから井戸の中のポンプまで、あちこちが壊れているみたいで、手が付けられない」
「調子が悪いのに、ずっと放っといたからなあ...」
その会話を聞いて、ハワさんが言いました。
「ねえ、あんたたち、どうしてもっと早く修理しなかったのよ」
アダムさんが振り向きました。

「だって、ハワさん、あんた、おカネを払いたくないって前に言ったじゃないか。おカネがなきゃ、井戸管理委員会だって修理できないよ」
「そうなの?だったら、いま払うわよ。2ポンドでしょ」
ハワさんはいきなり大きな財布を取り出しました。
「ダメだよ。こんなになっちゃ、部品を全部取り替えなくちゃならない。村人全員が10ポンドずつ払ったって、もう直せないよ」
「そ、そんな...」
「この井戸は、もう閉鎖するしかないな」
話を聞いていたアイシャちゃんは泣きそうです。
「ねえ、ママ、もう井戸が使えないの?そんなの困るよ、ねえ、ねえ...」

(これは劇の台本を翻訳したものですが、実際の上演時には、観衆の反応に合わせてたくさんのアドリブや即興での演出が加えられています)

拍手喝采で劇が終わった後は、講師として招いた水道局の職員がマイクを握って補足説明をしました。

手押しレバーの正しい使い方、定期的な点検・修理の大切さ、故障した時にはすぐ修理ができるように分担金を集めて積み立てておくこと、そして、
「そのためにも、みなさん、まず井戸管理委員会を結成しましょう」
と呼び掛けて、話は終わりです。


劇が終了した後の補足説明では、ポスターを手にした水道局の職員が、井戸の周辺を清潔に保つといった衛生面の大切さも訴えた(「巡業」最終日に撮影))

そして、ふたたび音楽が鳴り始まりました。歌手が登場すると、それはイベント終了の合図です。歌声が次第に盛り上がると、もう、みんな待ちきれません。誰かひとりが踊り始めると、人垣がどっと崩れて、みんな踊り始めました。JVCスタッフも、いつの間にか踊りの渦の中です。

音楽が始まったら、みんな踊らずにはいられない...(「巡業」2日目に撮影))

こうして終了したトマ集落でのイベントを皮切りに、「JVC一座」は5日間をかけて5つの集落を「巡業」しました。

どこの集落でも大盛況でしたが、期待していた効果はどうだったのでしょうか?

最終日に「巡業」したムルタ・ナザヒン地区の集落を、1週間後に訪ねてみました。
JVCスタッフのアドランがクルマを降りて歩いていくと、井戸の周りで子どもが遊んでいます。ためしに、ちょっと尋ねてみましょう。
「ねえみんな、この前にやった井戸の劇って、誰か見た人いる?」
「見たよ、見た」
「オレも見た」
一人残らず、見ているようです。

「わかった。じゃあね、それを見て、どんなことを教わったかな?」
「井戸の棒(レバー)を持って飛び跳ねたりしたらいけないんだよ」
「井戸に小石を詰めたりしたらダメ」
みんな、ちゃんと分かっているようです。

シエハ(住民リーダー)の家で話を聞いてみました。
「あれからすぐ、村の女たちがやってきてね。『井戸管理員会はいつ作るのか』って、せっつかれたよ」
シエハは笑いながら言っています。

「だからね、つい2、3日前に皆で集まって、井戸管理委員会を作ったんだ。集金係を決めたから、じきに2ポンドずつの集金も始まるよ。村には井戸の補修に詳しい人もいるから、交換部品さえ買えば自分たちで修理できるだろう」
「2ポンド、ですか...」

アドランは、ちょっと失敗したと思いました。分担金の額は「2ポンド」と決まっているわけではなく、集落ごとに話し合いで決めるべきことです。井戸の本数が多ければ多くの費用が必要ですし、一方でたくさんの世帯が住んでいれば一家族あたりの分担金は安くて済みます。しかし、劇の中で「2ポンド」と言ったので、村の人たちは2ポンドで良いと思い込んでしまっているようです。なんという劇の効果...。

シエハの家を後にして、集落の奥の方へ歩いてみました。
井戸では、大柄な主婦が水汲みをしていました。
「こんにちは」
「あら、このまえ、劇を見せに来た人ね」
「はあ...そ、そうです。見てくれましたか。どうでしたか?」
「何よ、ちゃんとわかってるわよ」
主婦は水汲みの手を止めて、笑いながら言いました。

「2ポンド払えばいいんでしょ!」

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