交渉決裂、再び故郷は遠く
カドグリの町は、三方を丘に囲まれています。北側、南側、そして西側。イザディーンさんの家は、その西側の丘の麓にありました。
「おお、よく来たな。まあ、ゆっくりお茶でも飲んでいってくれよ」
アドランとタイーブが庭先の椅子に腰掛けると、シャイ(紅茶)と山盛りの砂糖が運ばれてきました。砂糖をたっぷり入れるのが、スーダン流です。
イザディーンさんは、水道関係の工事をしている業者さん。JVCが設置したウォーターヤードの建設にも参加しています。今日は、仕事帰りのJVCスタッフ二人を家に招いてくれました。
「ステキな場所に家がありますね」
タイーブは、上の方を見上げて言いました。庭には大きな木が枝を広げ、その後ろはすぐに丘の斜面がせりあがっています。
「そうだろ。オレは山のそばが好きなんだ。村にいた時は、山の中に住んでいたくらいだ」
「どこの村の出身ですか」
「ブラムの近くの、小さな村だよ。そうだ、写真見るか?」
ブラムと言えば、今は反政府軍の実効支配地域の中です。そこに近づくことすら、できません。
イザディーンさんはパソコンを開いて、保存されている写真を何枚か見せてくれました。
「みんな、紛争が起きる前に撮った写真だ」
穏やかな村の様子。とんがり帽子のような草ぶき屋根が、丘陵の尾根まで連なっています。斜面には石垣で固めた段々畑が続き、長い柄のついたショベルを持った村人が畑仕事をしていました。
(村の家々、イザディーンさんの出身村ではないが、同じブラム郡のJVC元活動地(2011年撮影))
「今の紛争が終わったらな、あんたらの団体、なんて言ったっけ?日本なんとか...」
「JVCです」
「そう、そのJVCも、うちの村に来て活動をしたらどうだ」
「紛争は、終わると思いますか」
思わず、アドランが尋ねました。州政府関係者に知り合いの多いイザディーンさんなら、何か分かるかも知れません。
「終わるさ。終わらない訳ないだろ」
11月、反政府勢力とスーダン政府との停戦交渉がエチオピアの首都アディスアババで再開されました。
スーダンでは南コルドファン州のほかにも、青ナイル州や、10年ほど前に「今世紀最大の人道危機」と呼ばれたダルフール地域での紛争が続いています。南コルドファン州と青ナイル州では同一の反政府勢力(スーダン人民解放軍北部勢力)が政府と争っていますが、ダルフールの紛争は主要な三つの勢力と、そのほか多数の小規模の勢力が反政府武装闘争を繰り広げています。
南コルドファン、青ナイル両州の紛争を巡る前回の交渉では、反政府側が「両州の問題とダルフールの問題を別々に議論するのではなく、一緒に解決すべきだ」と主張し、和平交渉を一本化するように求めました。しかしスーダン政府は「交渉は、あくまで南コルドファン・青ナイルの地域問題に限定して進める」として拒否してきました。
しかし、交渉の仲介役であるアフリカ連合の努力により、今回初めて、アディスアババに政府の代表団、それに南コルドファン・青ナイルの反政府勢力とダルフール反政府勢力の代表団が集まりました。
(交渉について伝えるハルツームの新聞)
ひとつの交渉テーブルにつくことこそ実現しませんでしたが、同じ時期に同じ場所で、「政府×南コルドファン・青ナイル勢力」「政府×ダルフール勢力」というふたつの交渉が並行して開催されることになりました。
反政府勢力は、25年にわたる一党独裁の終了、民主化、地域間格差の解消など、スーダンの抜本的な政治改革を要求しています。一方で政府・与党は、今年の1月から「国民対話」と称して穏健派野党の参加による政治改革案づくりを始めました。
アフリカ連合は、この「国民対話」に反体制派の野党や反政府勢力が合流して改革を議論することがスーダンの政情を安定させる最善の解決策であるとして、そのための「ロードマップ」を提示しました。それによると、第一段階として反政府勢力と政府とが停戦を合意、第二段階は政府、野党、反政府勢力のすべてがアディスアババのアフリカ連合本部に集まって「国民対話」の位置づけや進め方を協議、そして第三段階としてスーダン国内で「国民対話」がスタート、という手順になります。
つまり、この第一段階にあたる停戦を実現するため、アディスアババでふたつの交渉が持たれているわけです。今までの交渉が、議論の入口にすら立てず失敗したことを考えると、「ロードマップ」に基づいて議論が始まっただけでも画期的なことです。
交渉の模様は、首都ハルツームの新聞で連日にわたり大きく報道されました。政府から見れば「極悪人」である反政府勢力のリーダーたちが政府の代表団と話し合う様子が写真で報じられるのも、これまでにはなかったことです。
数日後、南コルドファン・青ナイルの交渉において、政府と反政府勢力とが停戦合意の寸前という情報が伝わってきました。いよいよか、と希望が膨らんだのも束の間、その後に行われたダルフールの交渉が難航し、結局は決裂。ダルフール交渉の決裂を受けて、南コルドファンの交渉も合意に達する見込みはほぼ消えました。
12月2日朝、鈍い砲撃音がカドグリの町まで響いてきました。町を囲む三方の丘陵地の、南側、そして北側から聞こえてきます。上空では、戦闘機が南に向けて飛んでいきます。それは、イザディーンさんの村がある、ブラムの方角です。
前日に始まった丘陵地帯での戦闘は一気に広がり、激しさを増したようでした。いつもは活気があるカドグリの町は沈んだ空気に覆われました。
まるで交渉が頓挫するのを待っていたかのようなタイミングでの戦闘開始です。政府と反政府勢力は、互いにマスコミを通じて「相手が先に攻撃を仕掛けてきた」と非難しあっています。
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12月3日の夕刻、大型バスが列をなしてカドグリに入ってきました。車内からあふれんばかりの兵士たちが、身を乗り出して喚声を上げています。増援部隊が駆けつけてきたのです。
故郷に戻る希望は、ふたたび遠のきました。
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