避難民住居の新設(5)神さまの子どもたち
(前回から続く)
雨季の晴れ間に、暑い日差しが戻ってきました。あちこちの家の裏庭で、伸び盛りのソルガム(イネ科の作物。この地方の主食)の葉が緑色に輝いています。 JVCスタッフを乗せたクルマは、カドグリ市街地を東に抜けてガルドゥッドと呼ばれる地区に入ってきました。小さな教会を過ぎて右に折れると、未舗装のガタガタ道の両脇にレンガ造りの家々が続いています。
ここは、この何十年かの間に村落部から州都カドグリに移ってきた人々によって形成された郊外の住宅地です。中心部にはモスクがありますが、教会もあるところを見ると、キリスト教徒が多い村々からやって来た人々も住んでいるのでしょう。4年前に紛争が始まってからは、同じ出身村の人びとを頼って多くの避難民が押し寄せ、この地区に吸収されました。
ガルドゥッドには、JVCが建設中の避難民住居への入居予定者が数家族、暮らしています。
前回の記事でご紹介したように、入居者選びは避難民の出身村の村長さんを中心に進められました。まず候補世帯の名簿が作成され、続いて州政府の調査員が家庭訪問を実施し、それぞれの世帯が「住居がない」「女性と子どもだけ」などの選考基準を満たしているかどうかを確認しました。この段階で、いくつかの世帯は「不合格」になり、再選考がされています。
そして、最終的に100世帯の入居者が決まりました。この日は、それを本人たちに知らせ、入居の許可証を渡すためにJVCスタッフはやって来たのです。
(カドグリ市内の空地にある入居予定者の家(本文の登場人物とは関係ありません))
住宅地の外れにクルマは停まりました。この先は、ソルガムの畑が広がっています。
「すみません、このあたりに、ザハラさんの家族が住んでいると聞いたのですが」
見慣れないクルマを見て顔を出した近所の人に尋ねてみました。
「ザハラ?うーん、知らないね」
「あの、4年くらい前にここに来た、避難民の一家なんですけど」
「あ、だったら、あの一家かも知れないね。ほら、あっちに見えるだろ」
畑の片隅にある、草ぶきの小屋です。さっそく行ってみました。
「こんにちは、ザハラさんのお宅ですか?」
JVCスタッフのモナが、中に向かって声を掛けました。モナは普段は首都ハルツームのJVC事務所で仕事をしていますが、入居者の決定に立ち会うためにカドグリに出張してきています。
「そうだけど、いったいどうしたの?」
赤ん坊を抱いたザハラさんが顔を出しました、突然の訪問客に、何があったのかと不安そうです。
「ムナザマ・ヤバニア(アラビア語で「日本の団体」の意味。JVCの現地での通称)から来ました。こんど完成する避難民用の家に、入居できることが決まりましたよ」
「本当ですか?」
(ザハラさんに入居許可証を渡すモナ)
ザハラさんが入居の候補者になっていることは、事前に本人に知らされ、調査員による家庭訪問も行われました。今回は、正式に決定したことの通知です。
「どうぞ、中に入ってください」
中には4人の子どもがいました。抱いている赤ん坊と合わせて5人です。
「この家は、屋根も壁も草で囲っただけなので、雨が降ると水が吹き込んで眠ることもできません。ビニールシートは値段が高くて買えません。新しく入居できる家は、どんな家ですか?」
「屋根はトタン板で、壁はレンガですから、雨の心配はありませんよ」
「そうなんですか。早く引っ越したいです」
モナは入居許可証をザハラさんに渡しました。
「来週、入居者への説明と、入居する家の場所を決める抽選会があります。必ず来てくださいね」
「わかりました」
「ところで」
モナは子どもたちを見渡しながら尋ねました。
「家族はザハラさんと5人のお子さんですか?」
「はい。夫は兵士で、私がまだ村にいた7年前にダルフールで亡くなりました」
ここ南コルドファン州ではなく、遠くダルフールでの戦闘に参加し、命を落としたのだそうです。
「そのあとは、ひとりで子どもを育てています。この赤ん坊とそっちのひとりは、ここに避難してきてから生まれました」
そう話すザハラさん。あれ?と思われるかも知れません。夫はカドグリに避難する前に亡くなっていますが、「ここに来てから」二人の子どもが生まれています。しかしザハラさんは再婚したわけではなく、シングルマザーです。
(ジスマさんの家族に話を聞くモナ)
ザハラさんの次は、同じガルドゥッド地区に住むジスマさんに入居居許可証を渡さなくてはなりません。ザハラさんに道順を教えてもらい、こんどはすぐに見つかりました。さほど遠くない場所です。
ジスマさんは、拾い集めたレンガを積んだ小屋と、その隣に草ぶきの囲いを作って住んでいます。やはり、雨が降れば水浸しになってしまいそうです。
「夫は、封鎖地区にいるはずです」
封鎖地区とは反政府軍が支配する丘陵地帯で、避難民の故郷の村の大半はその中にあります。4年前、村が戦場になって逃げた際に夫は村に残ったのだそうです。それ以降、ジスマさんは避難先で子どもたち、そして自分の母親と暮らしています。夫とは連絡が取れないと言います。
「子どもたちは、みんな一緒に逃げてきたのですか?」
モナが尋ねました。
「はい、二人連れて逃げてきました。その下の二人は、ここに来てから生まれた子です」
さっきまで母乳を飲んでいた赤ん坊は、お腹がいっぱいになったのか、ジスマさんの膝の上で眠り始めています。その傍らにいる黄色い服の女の子も、カドグリで生まれたようです。避難民の多い地区では、女性だけの世帯での妊娠、出産は珍しいことではありません。そこに出入りする男性たちの中に「父親」はいるはずですが、日本でいえば「認知」するようなケースは、まずありません。
「神様の子どもたちだね」
ジスマさんの母親が、そう言いました。 「父親のいない子どもをね、そう呼ぶんだよ。この子は、神様の子として生まれてきたんだって」
(翌週には、州政府関係者も出席して入居者説明会&抽選会が行われた)
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