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パレスチナ

イスラエル軍が西岸地区で大規模侵攻を開始

日本や欧米の主要メディアではイラク関連の報道の影に隠れていますが、今月12日、西岸地区全土にイスラエル軍が大規模な地上侵攻を開始し、ガザ地区でもここ数日間イスラエル軍による空爆が毎晩繰り返されています。ガザ地区からは、小型ロケットがイスラエルに向かって発射されています。

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ヘブロン市内を侵攻するイスラエル軍兵士(6月18日 Quds News Network)

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イスラエル軍に拘束されたパレスチナ人の青年(6月16日 Oren Ziv / ActiveStills)

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空爆を受けるガザ地区(6月19日 MaanImages/file)

12日以降の地上侵攻と空爆の結果、西岸地区でパレスチナ人男性1人、ガザ地区で7歳の少年1人が殺され、パレスチナ自治政府議員や13歳の少年を含む350人が拉致・拘束されたと報じられています。14歳と18歳のパレスチナ人の少年2人が、占領政策に反対するデモの最中にイスラエル軍の銃撃で殺害された5月15日以来の犠牲者となりました。また、750戸の一般家庭への深夜の家宅捜査も各地で行われており、それに反対するパレスチナ人のデモ隊との衝突も頻発しています。

今回の大規模侵攻は、今月12日、西岸地区の違法入植地に暮らすユダヤ人入植者3人(16歳2人と19歳1人)が何者かに拉致されたことをきっかけに始まりました。そのため、入植者3人を救出することが今回の軍事侵攻の理由とされ、イスラエル国内で多くの支持を集めているようです。他方で、イスラエルの大手メディアYnetは、今回の侵攻の本当の目的は、西岸地区からハマースの影響力を排除し、ファタハとハマースなど主要各派が合意して今年6月に成立したパレスチナ自治政府の統一内閣を崩壊させることにあると報じています。実際、ハマースは拉致への関与を否定しましたが、イスラエル政府は証拠を示すことなくハマースによる反抗と断定し、軍事侵攻をハマースの「脅威」に対する自衛と位置づけています。

ハマースが組織的・計画的に拉致を行ったことを示す証拠が出てきていないにもかかわらず、イスラエル政府は、自分たちに不都合な決定をしたパレスチナ人を罰するために占領者の強権を発動してパレスチナ自治区内に侵攻し、民間人の被害をもたらしているのです。それは、大量破壊兵器の証拠もないままイラク戦争を開始した米国ブッシュ政権のやり方を思い起こさせるものです。

その他にも、今回の軍事行動には2つの大きな問題があります。
一つ目の問題は、イスラエル政府はハマースの「脅威」を喧伝していますが、イスラエル政府が主張するほどにハマースは強くもなく、パレスチナ人の間で人気があるわけでもないということです。ガザでも西岸でも、ハマースの理念ややり方に対する不満や不信を口にする多くのパレスチナ人がいます。ハマースはまた、ガザ地区では一応自治政府を運営していますが、長年の封鎖とエジプトでのムスリム同胞団に対する弾圧によって外部世界から切り離されたため、金銭的・軍事的にかなり疲弊しています。だからこそハマースは、イスラエルとの二国家解決を掲げるファタハと統一内閣を組むことに合意したのだと考えられます。しかしイスラエルは、今回の強引な軍事侵攻によってパレスチナ人の怒りをまた爆発させました。そのため、イスラエルとの平和共存を望むパレスチナ諸政党の力は一層弱まる一方で、和平に反対する抵抗組織への支持が高まることが予想されます。結果、イスラエルはハマースを和平交渉の舞台に引きずり出すチャンスを自ら潰しただけでなく、ハマースの破壊という目的が達成されるどころか、ハマース以上に非妥協的な勢力に力を与えるという逆効果を生み出す可能性が高いのです。

第二の問題は、今回の軍事作戦では、ハマースなどのイスラーム主義は本来的に、力で破壊できる組織というよりも、思想でありライフスタイルであるということが考慮されていないということです。地上侵攻や空爆に対して何もできないファタハなど世俗政党に幻滅した人々が、「イスラームこそが解決」というハマースの思想とライフスタイルに一層引き付けられていく可能性が考慮されていないのです。イスラームの実践と武装抵抗こそが占領を早期終結させると考えるハマースは、占領を映し出した鏡のような存在です。占領が過酷になればなるほど、一般人の被害が増えれば増えるほど、ハマースまたはそれ以上に過激な勢力への支持が高まるという構図があるのです。

西岸地区で地上侵攻が行われ、ガザで空爆が繰り返される中、フランスで開催された陸上兵器の国際展示会「ユーロサトリ」では、日本が初めてブースを設け、軍事産業13社が参加しました。また、安倍晋三政権は先月、武器輸出三原則を緩和させることを決め、中東紛争へ関与する可能性が指摘されるイスラエルへの武器や関連技術の輸出は可能となるとの見解を示しました。

しかし、イスラエルが自らの政治目的を達成するために、外交の一部として軍事力を行使する国であるということは、多くの専門家によって指摘されています。そのため、今回の軍事侵攻と空爆のように、日本の輸出した武器が国連安保理の承認なしにパレスチナの民間人に向かって使われていくことは容易に想像ができるのです。それは、平和な国という日本のイメージを破壊するだけでなく、平和的手段を否定するイスラエル右派の強硬なやり方を助長し、パレスチナ人の怒りや憎しみを増幅させ、ハマース以上に強硬な武装集団に力を与え、中東和平の可能性をさらに遠ざけることにつながるかもしれません。

執筆者

今野 泰三 (パレスチナ現地代表)

大学在学中に明け暮れたバックパッカー旅行。その道中、カンボジアで内戦の記憶と開発のひずみの中で苦しむ人々と出会い、シリアでパレスチナ難民から祖国への思いを聞き、ロシアの空港ではどこにも行けない無国籍のガザ難民と夕食を共にした。無数の出会いに背を押され、01年よりJVCボランティアチームに参加。英国留学、シンクタンク勤務、エルサレム留学、大阪での研究員生活を経て12年より現職。パレスチナで見たもの聞いたものを日本の皆さんと分かち合いながら、世界の「希望」「幸せ」を少しでも増やせるよう一緒に考え行動していきたい。

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