「ペレスの弔問になんか、行くべきじゃなかったのに」
「アッバース大統領には本当に怒っているんだ。昨日、ペレスの弔問に行ったことに。」
汗がにじむような秋晴れの土曜日、ヨルダン川西岸地区のある村を訪ねた時のこと。お邪魔した家庭で食卓を囲む私たちを前に、パレスチナ人のお父さんが怒りを露にして話し始めました。
シモン・ペレス氏は、9月28日に亡くなったイスラエルの元大統領。半世紀にわたってイスラエルの国政へ関わり続け、国会議員のみならず、首相、防衛大臣、大統領を歴任した人物です。オスロ合意を牽引した元外相としても知られ、30日にエルサレムで行われた彼の国葬式には、オバマ米大統領を含む多くの要人が世界中から参加。その中には、パレスチナ自治政府を代表するアッバース大統領の姿もありました。
「パレスチナ中に、息子や娘をイスラエル兵に殺された親たちがいるだろう? アッバースは彼らの弔問には行かない。それなのに、6回にわたる戦争でパレスチナ人を殺し、ディモナに核開発施設を作ったペレスの弔問には行ったんだ。おかしいだろ? 」
「それに、今回の葬儀ではイスラエルのネタニヤフ首相にまであいさつしていた。でも彼は、2014年のガザ戦争で子どもたちを殺した犯罪人だ! そんな奴と握手するなんて......。葬式の日の夜、facebookへの書き込みは凄かったぞ。パレスチナ人たちが皆こぞって、怒りのコメントを綴っていたんだから」
国際ニュースの表舞台にはほとんど出てこない、パレスチナ人の意見。まくしたてるようなお父さんの言葉にびっくりしてメモ帳を取り出した私に「俺の名前は書かないでくれよな、この話は政治的すぎるから」と釘を刺しながら、彼は言葉を続けました。
「どうして彼が弔問に行ったかって? それは、『自分こそが正しい交渉相手だ』と世界に思わせるためだ。和平のためと説明するかもしれないが、結局は自分の利益のためなんだろう」
ペレス元大統領はイスラエル外相としてオスロ合意の実現に尽力した功績で、1994年にノーベル平和賞を受賞しています。「ペレス・センター・フォー・ピース」というNGOも立ち上げ、国際社会の中では「和平推進派」としてのイメージが強い人物です。各国から重要人物が訪れる彼の葬儀へアッバース大統領が参加することについて、パレスチナ自治政府は「注目を浴びるイベントに参加するのは大統領の責務」とコメントしています。
一方で、彼の支持母体政党であるファタハの若者支部を含め、今回の弔問には各党が批判の声を上げているのが現状です。「パレスチナ人の心情を裏切る屈辱的な行動」を取った彼は大統領職を辞すべきだ、という意見まで出ています。
その理由はやはり、数度にわたる戦争に深く関わったペレス氏が、多くのパレスチナ人の暮らしや命そのものを奪ってきた「戦争犯罪人」と見なされているためです。ペレス氏が牽引し一度は和平の象徴となったオスロ合意も、結局はパレスチナの人々の手に土地や権利を取り戻した訳ではなく、むしろ事態の複雑化を招いています。
「国際社会がペレス氏をどう評価しようと、パレスチナの多くの人々にとって、彼は弔問に値する平和の使者ではない」。今回の弔問事件への反応が、それを証明しているように私は思います。
そして、ペレス氏の葬儀参加をめぐって再び温度が上がっている、政府に対するパレスチナ人たちの怒り。普段から「パレスチナには民衆を代表するような政府がないんだ」と西岸の人々がぼやくのを、私はよく聞いています。タクシーの中での話題は、しばらくこのニュースになるんだろうなぁ......と考えながら、引き続き彼らに耳を傾けたいと思う異邦人の私でした。
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