パレスチナ人の敵は誰か?
JVCパレスチナ事業は、現地で安定した活動を行うために、イスラエルの社会省とパレスチナの内務省にNGO登録をしている。賛否はあるが、現地でスタッフの労働ビザを取ったり銀行口座を開設したりするためには、こうした団体登録は必要不可欠だ。しかし、当然ながら、それに付随した沢山の行政手続きも発生する。
例えば、パートナーNGOに事業費を送金したり、ドナーからのお金を受け取ったり、交通費などあらゆる現地の活動費を現金として持ち歩くためには、銀行口座の開設が必要だ。しかし、団体名での銀行口座をパレスチナ側で開くには、パレスチナ内務省へのNGO登録から始まって、別途口座開設の承認レターが必要であり、また一度開設した口座でも、団体代表者2名のサインが無いと小切手一枚すら切れないため、サインの登録を行ったり、またサイン有効期限の更新を毎年行ったりしなければならず(もちろんNGO登録更新手続きそのものにも毎年書類の提出が義務付けられていて)、つまり口座一つを運営するのに多くの業務が発生することになる。愚痴も込めて書けば、こうした行政手続きにかかる業務は、内容が内容だけに面白い作業でもなく、あまり時間や力を割きたくない部分とも言える。
しかし、こうした愚痴を笑うかのように、口座管理に係る業務が最近大きな負担になってきている。というのも、JVCのパレスチナ現地銀行口座がパレスチナ政府によって昨年から凍結されてしまったからだ。凍結当初の理由は「日本へ海外送金したから」というもの。「日本の団体が日本に送金して何が悪いの?」、「そもそも海外で活動している組織が海外送金できないのなら、現地口座の意味がないんじゃないかしら?」と思うが、似たような問題に直面している国際NGOは後を絶たず、当局の真意も見えてこないことから、国際NGO間ではパレスチナにおける行政手続きの対策会議まで存在するほどだ。そして、ここでポイントとなるのは、この様な問題が、今やイスラエル政府ではなくて、パレスチナ政府の判断によって度々起きているという点でもある。
当局がこうした措置を取る理由として、「テロ」グループのマネーロンダリング防止、或いはNGOの脱税対策という話もある。けれどもJVCの活動が「テロ」活動ではないということや、お金回りでも法に則った活動を行うクリーンな団体であるということは、団体の登録更新が許されている時点ですでに明白であるし、提出した監査レポートを見れば一目瞭然であること等を鑑みれば、彼らの主張がただの言いわけや口実であると感じざるを得ない。
この半年間、パレスチナ内務省に必要だと言われる書類を提出し続けてきた。新しい監査レポート、銀行代表者のサイン登録申請書、職員のJVC本部との雇用契約書、年間活動報告書、パートナー団体の活動報告書、パスポートのコピー、団体規約や会計規約書類(もちろん全部アラビア語)・・・、インタビューも受けている。にもかかわらず、口座再開のめどが未だに立たない。
実際、今日(執筆日:10月12日)もまた内務省に行ってきたが、結果は惨敗。これで内務省を訪問するのは何回目だろうか・・。面会を約束したはずの担当者が不在なのはまだ序の口だが、担当者に会えても、既に提出した書類を「受取ってない」と主張されたり、アラビア語の現地通訳が不能だとののしられたり、既に提出した書類の修正を次から次へと求められることがずっと続いていて、今日の場合も、一度作成して日本の外務省や在日パレスチナ代表部の公印までもらった会計システム報告書の修正を求められた。ちなみにこの報告書は3ヶ月も前に提出していたものだが、修正の話は、今日いきなり出てきたもので、この3ヶ月間担当官は何をやっていたのかと、憤りすら覚える。
もちろん今回も彼らの指示に従う以外方法は無いわけだが、修正した書類には再度日本で公印が必要になるため、あと最低数か月はこの手続きのための作業が必要で、すなわちあと数か月は口座が開かないことになるわけだ。
こうした無意味とも思えるやりとりを一年近くも繰り返していると、パレスチナ大好き・大ファンの私でも、さすがに相手の真意を見極めようと疑いの目を持ち始める。つまり、「この人たちの真の目的は、国際NGOを追い出すことにあるんじゃないか?」とすら思う。或いはそうでないのだとしたら、パレスチナを支援し続けている国際NGOの登録を引き受ける部署としては、余りに無能・・という一言に尽きる。国際NGOが行う支援には、パレスチナの人々の命を守る人道支援や、社会をより良くするための開発支援が含まれている。つまり、こうした問題が頻繁に起こること自体、パレスチナの人々の生活に直接的にも間接的に悪影響を及ぼすことになる。当局関係者は、「勝手に外国から来た慈善団体が、好きで慈善活動をやっている」とでも考えているのだろうか。私自身、国際NGOは欺瞞的であってはならないと常日頃肝に銘じている。けれども、ここまで無碍にされると、「パレスチナ政府はいったい誰のために働いているのか?」と言いたくもなる。
(ラマッラにあるパレスチナ内務省)
実は、パレスチナ政府への信頼は、国際NGO関係者間だけでなく、パレスチナ市民間でもあまり芳しくない。例えば先日、パレスチナのアッバス大統領が、イスラエルのシモン・ペレス前イスラエル大統領の葬儀に参列してパレスチナ市民から非難の的になった。シモン・ペレスは、イスラエル・パレスチナ和解の立役者といわれる一方、一連のガザ戦争や入植地建設への肯定的な姿勢を崩したことはない人物だ。そして、葬儀の数日後、アッバス非難を行ったパレスチナ政府の広報官がアッバスの一存で投獄される事件も起きた。他にも、パレスチナ政府役人や議員の汚職や、関係者が既得権益を守るために行う裏工作は有名な話で、例えば、間近に控えたパレスチナの国政選挙も、一部の地域で候補者の締め出し等が問題になり、その正当性が問われてつい最近選挙実施の延期が決まったばかりだ。また、かつて市民を守っていたパレスチナ警察が、ここ数年はイスラエルの軍や警察にとってかわって、パレスチナ市民を取り締まるようになってきていることも気になる。
そう言うこともあって、「あいつらはお金を払わないと何もしないのさ」、「政府の連中はマフィアみたいなもんだ」というパレスチナ市民の愚痴は、いたるところで聞こえてくる。そして、こうした状況を総合的に判断すると、パレスチナ政府がイスラエル政府の一部に成り下がり、トロイの木馬の如く徐々にパレスチナ市民の権利を弱体化させているように見えなくもない。
パレスチナ問題は本当に複雑だ。何故なら、本当の敵がどこにいるのか、またどのレベルの問題なのかも見極めるのが難しいからだ。政治・経済活動の一切がイスラエルに管理されているために、パレスチナの社会構造が根本的に好転しない中、入植地は拡大し、分離壁も延び続け、海外からのイスラエルへの軍事支援も留まるところを知らない。さらに、日々巷で起こるイスラエル・パレスチナ一般市民間の暴力行為は止まるところ無く続き、ひとたびパレスチナ人が拳を挙げれば、イスラエル警察や軍からの報復は恐ろしいほどだ。それにも拘らず、パレスチナ政府はイスラエル寄りの行政を実施しているし、ガザ・エルサレム・西岸地区におけるパレスチナの地理的・政治的な分断は、パレスチナ市民の団結を根本から阻んでいる。
活動をしていて、こうした行政手続き一つとっても、全く矛盾なくことがすすむことはあまりない。パレスチナと言っても、そこには様々な立場で動く個人がいて、またそれぞれの状況で、物事の捉え方や見え方が180度変わってくることはしばしばある。こうした状況において、人々の声に耳を傾けながら、足元をすくわれないように活動することは、本当に重要なことだと思う。個人的に、パレスチナが独立国家になろうが何だろうが、すでに関係ないレベルに社会は歪んでしまったと感じている。しかし、それと同時に、「本当に人々が平等に、平和に暮らせるようになるには何が必要だろうか?」と日々頭をひねる。思い描くような国境を越えた市民の連帯や紛争を助長しないような支援を事業として体現する事は容易ではないし、葛藤もある。試行錯誤の日々は赴任してからずっと続いている。
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