NGOスタッフが過ごす、ガザでの一日(1) 〜病院訪問編〜
こんにちは、現地調整員の並木です。最近、「ガザ出張ではどんなことをしているんですか?」と聞かれたので、ある一日をご紹介してみることにしました。
今回はフィールドでの活動見学のうち、病院訪問編です。私たちは現地で、子どもの栄養失調予防事業を続けています。パートナー団体は「人間の大地(AEI)」。AEIの保健師がトレーニングした女性ボランティアたちが、ガザ北部・ジャバリアで女性たちへ健康教育やカウンセリングを実施し、子どもの栄養失調予防のために働いています。彼らの活動に同行させてもらった日のことを綴ってみました。
ガザ入域後、AEIのドライバー・アブー・アドハムさんが私をAEIの保健師のところへ連れて行ってくれた。今日同行するのは、エジプト出身のチャキチャキっ子・ラナさん。彼女はいつも楽しそうに仕事をしている。
彼女が乗り込んで3人になった車の中で、近況の話に花が咲く。「娘さんはどう、元気?」と私の2歳の娘の話に始まり、スマホに溜まったお互いの子どもの写真を見せ合いっこする時間が楽しい。
今日は妊産婦さんへの栄養講習・カウンセリングの日。看護師長の部屋を訪ねると、看護師たちを束ねる男性・アーメルさんが淹れたてのコーヒーでもてなしてくれた。
AEIの保健師とボランティアがこの病院に来るようになって、もう3年以上が経つ。「NGOが病院へ来てくれるのは、本当に助かるよ。この関係は重要なんだ」とアーメルさん。「病院は忙しくて、一人ひとりをフォローアップすることができない。でもこの地域は、栄養に関する知識が人々の間で特に低い。生活が厳しいから、人々は勉強よりも農業や小売業に勤しみがちだ。知識の低さは、子どもたちの状態を見れば明らかだよ。僕が知る限り、ここは成長不良の子どもが多い。NGOは病院での診察後も、彼らを一人ひとりフォローしてくれるんだ」。
AEIをはじめとしたNGOとの協働を、彼は他の病院にも勧めているらしい。彼とラナさんは何でも報告し合える仲で、信頼関係が育っているのを見て取ることができた。
そこへ、2人の女性ボランティアが到着した。地元ジャバリア出身の、フェダーさんとランダさん。フェダーさんは少しはにかんだ女の子で、「この事業に関わって1年くらいかな」と教えてくれた。対するランダさんは3年で、なんと子どもが8人もいるらしい30代前半の元気な女性だ。
彼女たちやラナさんと共に向かった先は、ライトグリーンに塗られた病院の廊下。幅2mの長細いスペースにイスを6脚並べた廊下の突き当たりで、いきなり栄養講習が始まった。座っているのは4人の女性たちで、病院の診察を受けにきた妊婦さんやお母さんだ。
(始まった栄養講習)
彼らの前に立って堂々と話し出したのは、前述のランダさん。「母乳はとても大事! でもあげる時には、まずはリラックスしなきゃ。それから、自分が前屈みになるのではなくて、子どもを持ち上げること。背中を痛めないようにね。私が息子を産んだ時は......」と、身振り手振りもつけて声を張り上げている。さすがに8人も産んだベテラン、AEIのトレーニング効果も相まって、声と雰囲気に自信がみなぎっている。
彼女の横で、フェダーさんがピンク色の育児パンフレットを一人ひとりに手渡していく。子どもに必要な食事、かかりやすい病気のことが図入りで書かれていて、「私も子どもを産んだときに病院でもらったなぁ......」と懐かしく思いながら目を通す。
病院の廊下のすみっこで開催していたはずなのに、あれよあれよという間に人だかりができている。集まってくるのは、「これ、何やってるの?」「何の話?」と興味津々の女性たち。彼女たちにすかさず育児パンフレットを手渡すフェダーさん。
今度は保健師のラナさんが「母乳にはカルシウムが本当に大切! 特に2人目、3人目は自分自身もカルシウム不足になっているから、積極的に取るようにね。牛乳を飲んだり、白ゴマを取るのが良いわ。ゴマはサラダに入れるといいわね」と熱弁している。彼女の声は、ざわつく病院の中でも本当によく通る。
「これ、『人間の大地』かしら? 前にも講習を受けたわ」という子連れのお母さんがやってきた。彼女もそのまま育児相談へと突入。あっという間に、廊下に15人のお母さんたちが集まっている。
明らかに毛色の違う外国人である私の周りにも親子連れが集まってきて、「それ、何書いてるの? 中国語?」「アラビア語分かるの?」と質問の雨が降る。「うーん、アラビア語力は30%くらいかな」と私が言うと、「70%よ! 読み書きするし何でも分かっちゃうから、マイには気をつけた方が良いわよ(笑)」とラナさんから訂正が入る。狭い廊下に、女性たちの笑い声が響く。栄養という専門知識を伝えているけれど、この場はほんとうに和やかだ。
私が下げているポシェットが気に入ったのか、2歳の女の子がマグネットのフタを開けたり閉めたりして遊び始めた。「うちに来てよ!」「ガザに住みなよ!」というお誘いを丁重にお断りしながら、講習に耳を傾けてメモを取る。
(増えている参加者)
「何か質問は?」とランダさんが女性たちに聞くと、次々に質問が飛んだ。「母乳をあげると、やたらと喉が乾いて水を飲んじゃうんだけど......」「私の体重、どれくらい増えても大丈夫なの?」「運動って、どうすればいいの?」という質問の一つひとつに、ランダさんとラナさんが答えていく。私も妊婦だった時は、こういう疑問の一つひとつが気にかかって仕方がなかったなぁ......と思いながら、彼女たちのアドバイスを聞いた。水やハーブティーをよく飲むこと、鉄分とカルシウムを意識した食事を取ること、そして臨月に適度な運動をすることは、日本だけでなくガザの妊婦さんにとっても同じように大切だ。
聞いていると、「ハリーブ・ザアル」という単語で「えー、そうなのー?!」「そうよ! 母乳はいつだってあげていいのよ」というやり取りがなされ、何だか会話が盛り上がっている。訳すと「怒りのミルク」という単語だが、よく分からないので後で聞いておこうとメモを取る。
パンフレットを手渡し続けるフェダーさんは、女性たちを邪魔しないように立ちながら、2人の声に一生懸命耳を傾けていた。「あなたは喋らないの?」と聞くと、「家庭訪問では喋ってるのよ、あとで見せてあげる。ここでは彼らの話を聞いているととても勉強になるの。ラナは本当にいい先生よ」と小声で教えてくれた。
講習を始めて1時間、「今日はこれでおしまい! また来るわね」とラナさんが言い、廊下での栄養講習が終わった。彼女の手には、看護師長の部屋に預けておいたはずの私の荷物がいつの間にかごっそり握られている。手際がいいなぁ......と思いながら、4人でアブー・アドハムさんの車に乗り込む。
移動の車の中で、「なんだか盛り上がっていたけれど、『ハリーブ・ザアル』ってなに?」と3人に聞いてみる。「ここガザでは皆が持っている、間違った知識よ」と、ため息をつきながらラナさんが教えてくれる。「怒っている時や悲しい時、母乳をあげてはいけないっていう迷信。ここでは例えば誰か親戚が亡くなった時、母乳をあげるのを止めてしまうの。でも医学的には根拠がないから、『あげても大丈夫、あげた方がいいのよ』って伝えているんだけれど......」。
病院ではお母さんたちには知識を伝えることができたものの、義父母と暮らすことが多いガザでは家族の説得が大切なのでは、と思う。だからこそ、家庭訪問が重要なのだろうな......と考えながら、次に予定している家庭訪問へと向かった。
(次回は「家庭訪問編」をお送りします!)
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